ここでは、みなさまから寄せられた小学校英語に関する質問や相談に、JESの担当者がお答えする場です。これらの意見をぜひ参考になさってください。

: 子どもたちにとって、望ましい理想的な英語活動環境を整えたいと思います。例えば、校内環境、教室環境などの整備、どのような授業形態で授業を受けさせるのが良いか、教えていただければと思います。

A: これは、それぞれの小学校の先生方のご意見を中心に解決していくことが大切だろうと思います。訪問する側として、授業を参観させていただいたりするときの感想程度のことしかお答えできないと思いますが、お許しください。

 先ず、校門をくぐって、緑が豊かで、立った1本でも大きく聳え立つような樹木があるとき、思わずその学校の歴史が迫ってくる思いがあります。木があることくらい当たり前じゃないか、と気にも留めていなかったのに突然太い幹に触れて思いが高ぶります。大切な教育環境なのだと思い知らされる一瞬です。

 校舎の正面玄関の上に"Welcome to ○◇○ School"と掲げてあると、先生方の日ごろの英語への取り組みを感じさせられます。校内の施設に英語の呼称がカードで表示されていたり、階段に一段目から序数が貼ってあったりすることもあります。それから、児童数の減少で空き教室が出来て、それを国際理解教室として民族衣装や手作りの国旗や外国産のお土産品を並べて、異国情緒が滲み出ている学校もあります。或いは、さまざまなジャンルの語彙のポスターや、世界地図、日常挨拶のリストなどが貼ってあり、当然アルファベット文字とその文字で始まる単語のカードがぐるりと張り巡らしてあることもあります。非常にカラフルで、理科室や社会科教室などの標本などがかもし出す雰囲気とは大分違います。

 こういうものを取り揃えることが英語活動をうまく進める助けになる、とは言い切れないところに、環境整備の問題があります。やはりこのような備品は入れ物に過ぎず、これをどのように活用し、英語の中味を整えるか、が授業を進める上での要諦でしょう。この頃のように教育機器が発達してくると、やはりコンピュータが備えられて、教材提示用の器具も並んで電子ボードもある部屋でなければ英語活動はやりにくい、という意見が出てきそうですが、私は、この際だからこそ「普通教室でいつもの授業環境で出来る英語活動」を見直したいと思います。

 給食の献立表、掃除当番の分担表、飼育係の記録、カレンダー、時間割、行事予定表、加えて、図工の時間の作品が並んで、習字の半紙が風に吹かれてヒラヒラしていて、水栽培の植物が根を出している、友だちの体育着や掃除道具や、クラスの図書や遠足の写真、それらがすべて生きた教材になるいつもの教室が、日常生活を英語で語り合う「英語活動」の時間にふさわしいと思います。思い思いの色の筆箱がのっている机に向かって、英語を聞き、英語で歌う、そんな授業作りが、子どもにとっても一番のめりこみやすい教育環境ではないでしょうか。

 好きな食べ物の話は給食献立表で、大きさの比較は水栽培の植物で、数の復習には習字で練習した漢字の字画を数え、時間割を眺めていれば曜日も科目の数も好き嫌いも、すべて扱えます。「何処に?」の会話なら「私たちの町」の地図を使い、社会科資料集を机から出して調べる、「誰?」を考えるのなら遠足の写真や図工で描いた友だちの肖像画や、社会科年表の歴史上の人物、と授業のネタがごろごろしています。「誰の?」という活動なら、落し物の箱を空っぽにすることもできます。

 もう一つ、教室で椅子に座り机に向かって授業をするとき、姿勢が崩れ難く、歌を歌うにも、おなかを押さえずに背筋を伸ばしていい声を出せます。机一つ動かすことなく、気軽に授業をすることのできる普通教室が一番英語活動の教育環境に適しているような気がします。そして、ベルがなったときに机や椅子を元に戻す手間が全くかからない、これこそ授業者にとっては最高のように思えますが、如何でしょうか。 (中部学院大学 久埜 百合 2007/09/03)

: 本校に英語活動が入って、5年目になります。最初は、自分にはとても出来ない! と思っていましたが、子どもたちの反応のよさに支えられ、やっと授業を楽しむことができるようになってきました。しかし、最近新たな不安を抱えています。

  子どもたちは英語活動を楽しんでおり、英語への関心や、英語を話したいという意欲は高いのですが、卒業までに、どういう力をつけてあげればいいのか、ということが私自身、よく分かっていないのです。中学生になって、英語学習への意欲が下がってしまう という報告をいろんなところで耳にしますが、それは、中学校の問題でしょうか。それとも、小学校の問題なのでしょうか。

A: こんな質問が現場から届きました。公立小学校で英語活動の実験が始まって15年、初めは「こんな私も・・・」と思われていた先生方が、少しずつ自信を持って子どもたちの英語との触れ合いに手ごたえを感じられるようになった、その歩みを感じさせられます。今年の夏も数箇所で開かれる公立小学校の先生方の研修に出かけますが、そこで求められる質問と共通しています。

  さて、「卒業までに、どういう力をつけてあげればいいのか」という質問に、この秋には研修も始めるという文部科学省はどのような答を用意しているでしょうか。そして、私たち小学校英語教育学会で活動しているものも、どんな答を持っているでしょうか。学会自体が「ここまでの力を」と言える議論を深めていかなければならない段階だと思っています。

  個人的に一言お答えしておきます。子どもたちが将来、それぞれの立場で続く可能性のある英語運用能力獲得の努力を支える英語学習能力を育てておきたい、と思っています。そして、子どもたちの様子を見ていて、指導方法さえ誤らなければ、その学習能力を充分身につけることができると感じます。その「誤っていない指導法」とは何か、これについても勇気を持って議論していきたいと思います。現在、指導方法と名のついたものがたくさんありますが、その評価が遅れていると思っています。

 次に「中学でさらに学習意欲を伸ばすには」ということですが、中学英語が英語学習の始まりではなく、小学校ですでに均一ではないにしても英語学習が始まっている、という認識を持って継続させていくカリキュラムの開発が必要だと思います。小学校での英語との出会いが中学での学習に役立つ、と子どもたち自身が実感できるような指導が必要です。子どもたちから「中学でやり直すから・・・」とか、「中学で英語の先生に全部直された・・・」という声を聞きます。英語は面白い、楽しい、ゲームがたくさん出来て遊べる、と英語の時間をやり過ごしているけれど、いざ、本気で英語と立ち向かうことになったとき、調子が狂う、「学習の意欲が下がる」としたら、やはり私たちは今までの実践について反省をしなければなりません。

 中学の先生方の間には、小学校英語に対する不信感があるとしたら問題です。また、これだけ一生懸命にやっているのに、学校での経験を中学で活かしてもらえるだろうか、という小学校側の不安もあるかと思います。小学校英語について、現在の学習指導要領では「英語を教えるのではない」といっていますが、あれだけ英語を言わされるインタビューゲームやスキットで活動することが盛んになると、「言えるようになる」ために暗記することを要求された子どもたちが英語を覚えないわけにいきません。この子どもの学びの中に起こっている現実を見据えて、中学英語との接点を探さなければなりません。そのためには学習指導要領が具体的な学習活動の例として挙げている「外国語に慣れ親しませる」(総則編 p.70 平成11年版)にはどんな活動がふさわしいかを子どもたちの発達段階に即して考えることが必要です。単に「触れる」(同書 p.69)だけで「慣れ親しむ」ことは難しいでしょう。

 頂戴した質問は、小学校での英語の現状に鋭く切り込んでくださったものと思います。徳島大会を控えている小学校英語教育学会も、懸命に答を求めて努力を続けていきたいと思います。 (中部学院大学 久埜 百合 2007/08/01)

Q:小学校英語では、英語を聞かせることが大切、と言われています。これは、易しい単語カードを見せながら発音して聞かせることから始めるのか、挨拶のやり取りを聞かせることからなのか、英語をどう聞かせたらよいのか、迷います。良い実践例があればお教えください。

A:長年子どもたちが英語と出会う場面を見てきて、ご質問をくださった先生のお気持ちがひしひしと伝わってくるように思います。

 絵カードを一枚ずつ見せながら発音して聞かせているとき、多くの場合、聞かせている、というより、聞かせた音を真似て言ってご覧、と促しているようで、子どもたちは鸚鵡返しに、その発音を繰り返し大きな声で言っています。これも聞く活動には違いないのですが、英語で意思を伝達するために聞かせている、とは考え難いと思います。意味は絵で伝わっていますから、聞いて分かった、という心の動きはありません。

 インタビュー・ゲームをする前に、そのゲームで使うセンテンスを練習するために何度も聞いて練習する、というのも、確かに聞かなければ出来ないこととは言え、最初に聞いた後は、単に繰り返してすらすら言えるようになるためにお互いに同じことを言い合う、ということになります。

 「聞く」という活動は、知らなかったことを、文字ではなく音声で教えてもらって、だんだんに分かってくるプロセスが大事だと思います。このアクティビティを大分前に見せていただいたことがあるので、ご紹介し、参考にしていただければありがたいと思います。

 それは、富士山に程近い山間の小さな町の小さな小学校でのことです。30人近い3年生になったばかりの子どもたちが思い思いの姿勢で座っていました。担任の先生とALTの先生とがいらして、挨拶をして、歌を歌い、和やかに授業が始まりました。そこで、ALTの先生が、何冊かの講談社の絵本を教卓に積み上げました。そして、一冊を子どもにどれと分からないように取り上げて大判の画用紙のような白い厚紙で隠しました。

 講談社の絵本、これは表紙も挿絵も日本画風の、少し古めかしいものが多いので、この数十年子どもの絵本として愛されているものとは大分雰囲気が違います。その、何となく昔の日本、という感じの絵本を広げて、ALTの先生が、絵の説明を英語で始めました。男の赤ちゃんがいて、桃があって、おばあさんがナイフを持っていて、おじいさんが驚いて、といった調子です。子どもたちはお話をよく知っていますから、所々の知っている単語を頼りに、どのお話なのか当てていきます。直ぐに手が挙がりますが、当ててもらえません。次のページの説明です。犬がいます、次のページにはサルがいます、とどんどん英語だけの説明が続きますが、子どもは一寸でも知っている言葉が聞こえてこないか、と熱中して聞き続けます。殆どの子どもの手が挙がったところで、「タイトルは?」「桃太郎!」

 次は「花咲か爺さん」、その次は「かぐや姫」、勿論、子どもたちに見破られないように大きな白い紙で表紙を隠してあります。子どもたちの集中の糸は切れず、待ち構えている姿勢です。話の初めこそ、「分かんない」という表情ですが、少しでも知っているような気のする単語が聞こえると、「あれかな?これかな?」と、友だちと目配せをしながら聴き続けていました。私も聞きながらイラストの絵を思い出したりして、昔を懐かしんでおりました。

 「聞き続ける」「聞いていないとどうにもならない」状況がしっかり出来ていて、だんだんに霧が晴れていくように分かってくる面白さに、子どもたちは夢中でした。 (中部学院大学 久埜 百合 2007/07/01)

Q 公立小学校の学級担任です。「英語を教えるのではない」「あまり正しい発音を、気にしなくてもいい」といわれますが、授業を録画記録したときなど、やはり自分の使っている英語は気になります。即効の練習法はないでしょうが、それでも、心がけていたいと思います。よいアドヴァイスがありましたら教えてください。

A 英語を中学で学び始めた私たちにとっては、やはり"英語らしい発音""間違いのない英語"を使いこなすのは、至難の業です。でも、「何とか間違いの少ない英語を子どもたちに聞かせたい」という願望を捨て切れません。

  一朝一夕に"英語らしく"とは行かないかもしれませんが、この希望は捨てたくありません。他教科について教材研究を怠らず授業をする先生方が、「英語は下手でもいいのだ」と開き直っておられるはずもありません。誰でも居ながらにして出来そうな方法を一つお薦めしたいと思います。手ごたえのある勉強は措いて、ぐっと易しい英文の音読から始めるのは如何でしょうか。それには、手近にある中学の英語の教科書の音読がいいと思います。

・かつて自分も学んだ文例がたくさんあること
・実は子どもに聞かせたい英語のレベルにぴったりであること
・数年のうちに、子どもたちは同じ教材を自ら読み、書写し、その文法を学ぶことになりますから、子どもが将来必要とする英語のレベルを確認することが出来ること
・使用されている単語は、辞書を引くまでもなく分かるので、短時間で相当量の練習をこなすことが出来ること
・そして、何より廉価であること(教科書販売会社がありますから、そこから取り寄せることが可能です)

  実際にお薦めした先生が、早速教科書を入手され練習を開始されました。とても楽に英語の練習が出来て、教室英語のヒントも得られた、と報告してくださいました。意味が分かり始めると、音読の声にも表情が出てきます。

 蛇足ですが、英語がうまく出てこなくて口ごもっていたり、意味が通じないときに、英語でしか意思を疎通できない人たちは、何とかしてこちらの意を汲み取ろうと、やさしく対応してくれるはずです。繰り返して聞きなおしたり、こういうことなのか、と言い換えてくれたりします。これは、日本語がうまく使えずたどたどしく話している人に対して、私たちがいつもの話すスピードを変え、単語を変えて理解を深めようとするのと同じです。その人が、カタコトでも心の思いを伝えたい、という表情が満面に溢れていると、それだけでコミュニケーションを成功させたいとお手伝いしたくなるものです。意思の疎通を図る言葉は、やはり使いながら上手になるのが一番です。 (中部学院大学 久埜 百合 2007/06/06)

Q 教室英語というか、簡単な英語を使って授業をすることには慣れてきたような気がしています。それでも、何となく英語に表情がなく、ぶっきらぼうになってしまいます。自然な気持ちを込めた英語をつかえるようにしたいのですが、どんなことに気をつけたらいいでしょうか。

A 暫く前のこと、公開研究会の後のことでした。先生方がホッとして校長室に集まっておしゃべりを始めたときに、校長先生が「でもね、私たちはWhat is this?も言えないんですよね。」と言われました。これは、文字通りWhat is this?を知らない、という意味ではなく、いろいろな場面で表情豊かに、What is this?を使いこなせない、という嘆きです。

 私はそのコメントを伺って、校長先生の狙いの高さに感銘を受けました。中学で比較的早い時期にReally?という表現が出てきますが、これを音読するときに抑揚を上げるのか下げるのかを教えてもらっていない、という中学生がいたことを思い出しました。振り返って、私もWhat's this?の抑揚による意味の違いに慣れたのは、大学生になってからのことでした。英語を使いながら教える、とは言いながら、こういう肝心なことは教室では教えてもらえなかったのです。でも、コミュニケーション重視の英語を教える現在では、ここに目をつぶる、いえ、耳をふさいでいては困ります。どうしたら、この英語の機微を子どもたちにも経験させることが出来るでしょうか。

 Yes!というのも、きつく言えば叱っているようです。長く伸ばしながら上がり調子で言えば、相手の話を続けるように促している意味になったり、こちらが答えようとして言葉を選んでいることにもなります。

 What is this?もWhat's this?と縮めててきぱき言えば、単なる質問にもなりますが、子どもが目を見張るような素晴らしい絵を描いたときにWhat is this?とゆっくり言えば、褒めながら絵の説明を促している気持ちを伝えることも出来ます。でも、体操着を乱雑に放り出したまま遊んでいる子どもにきつく言えば、早く片付けなさい!という厳しい命令にもなります。

 Do you like ice cream? のような簡単な表現活動をするときにも、子どもに、休日のお父さんの声で、とか、突然アイスクリーム屋さんを見つけて買おうとしているお母さんの声で、とか、バースデーパーティの献立を考えているときには、或いは、アイスクリーム屋さんだったら、などとその表現が使われる場面や話している人物の役柄を想定させて言わせるようにします。子どもは大層な役者です。この子のお母さんはそんな声を出すのか、お父さんの理想像はそうなのか、などと心の動きを読み取ることが出来て大いに楽しめます。

 次の時間にDo you have a handkerchief? などと持ち物について話し合おうとするとしたら、その前に、「見せて」と頼むときや、ズボンで手を乾かしていたけれどハンカチを持っているか問いただすとき、などと場面を想像して心の中で言ってみると、授業でも表情豊かに話しかけることができるのではないでしょうか。

 このような声の表情は、日本語と全く同じ、人間の心の動きは万国共通だな、と思います。英語だ、日本語と違う、と思わず、優しい気持ち、怒りっぽい気持ち、みんな同じだな、と表情を変えながら英語を使ってみてください。 (中部学院大学 久埜 百合 2007/05/06)

Q 英語の歌をたくさん歌わせたいと思いますが、歌の選び方と、その指導方法についてどのように考えたらいいでしょうか。

A 子どもたちにとって英語との出合いが楽しい経験になるようにするには、歌の指導は欠かせません。算数や社会の時間、日本語でじっくり考え込んでいた後、体育で汗をかいた後、お掃除の後、いろいろな気持ちを引きずって英語の時間が始まります。そんな時、気分をすっかり英語モードにしてくれる妙薬です。

  歌は、リズムとメロディという箱の中に歌詞をそっと入れてあります。楽しい、明るいメロディを聞いて心を和ませながら、繰り返えされる言葉を真似していると、いつの間にか部分的に歌えるようになっていきます。その歌詞に知っている単語がたくさんあると、うたい続けていても、抵抗がありません。少し不安でも、歌詞の中に繰り返しが多いと、いつの間にか口が慣れてきます。低学年の子どもたちが楽しむ歌には、そのようなものが多いようです。例えば、 挨拶の歌(Hello;Good Morning;Good-bye;Happy Birthdayなど) 数の歌(Seven Steps;One, Two; Buckle My Shoeなど) 曜日の歌や月の名前を覚える歌;体の部位を触りながら歌うもの など 動作を伴うもの(Teddy Bear;Pease Porridge Hotなど)

 上にあげたものは低学年に向いています。これらを指導するときには、最初からきちんと歌わせようとするより、歌えるところから歌い、友だちや先生と声を合わせて楽しむことを大切にしたいと思います。"案ずるより産むが易し"で真似の上手な子どもたちは直ぐに要所を歌えるようになり、比較的早く全体を歌えるようになります。  上手に歌えるから、とこれを高学年でも歌わせようとすると、もそもそした歌い方になることがあります。幼児向きの歌は、やっぱり高学年では通用しません。高学年になって英語に触れ始める場合もあるでしょう。先ず歌わせようとするより、歌を聴いて楽しもう、という指導から入ってみましょう。給食の前後、英語の時間が始まる直前などに、先生がお好きなグループ・サウンズのCDをかけて聞かせる、というのもいいと思います。いい歌は誰でも歌いたくなるものです。学習歴が豊かな場合は、読めなくても、歌詞カードなどを持たせておいてもいいでしょう。コーラスの部分など、文字が同じなのに気付くかもしれません。  

 昔ビートルズ・ファンだった親たちの子どもたちがクラスに増えてきた頃、英語の音に抵抗がなく、英語らしさをまねるのが上手なのに驚かされたことがあります。今も歌い継がれている往時の英語の歌を、子どもと一緒にもう一度歌ってみるのも、中々いいものだと思います。 (中部学院大学 久埜 百合 2007/04/01)


Q
 公立小学校で英語活動を担当しているものです。子どもたちが英語を指導していると、音をカタカナで書こうとします。どのように対応すればよろしいでしょうか。

A 英語を上手になりたい子どもの心を尊重したいし、カタカナで音を表して、カタカナの音のとおりに 読んだら発音は崩れるし、と悩まれているのでしょう。
  私は、カタカナを振りたい、と言ってくる子どもに、いつも、「そうねぇ、書けるかな。」ととぼけて、私は自分の英語だけのテキストを見せます。そして、「どう書いたらいいかな。発音するから書いてみて。」とその英語の音の固まりを発音して、その音を表すカナを探させます。何度も、繰り返し発音して聞かせ、子どもが選ぼうとしているカナの音と比べさせます。もちろん見つかりません。子どもは、首をかしげながら、困った顔をしています。「音が違うから、カナでは書けないかもしれないね。自分でこれだと思うものを記号のように書いておけばいいんじゃないかな。」と言って、後は子どもの判断に任せます。ここで、カナを振らないことに決める子どももいます。振って試した子どもも、しばらくすると消しています。どの子どもも、英語の発音は崩れることなく、確かのものを身に付けていきます。(中部学院大学 久埜 百合)