このページでは、小学校英語教育学会(JES)の会員による、日本全国(時に海外)の小学校英語教育に関する情報を中心としたエッセイを掲載いたします。各地域の最新の情報を関わりある人たちから聞ける貴重な場です。不定期更新ですが、ぜひお楽しみに!

 

<第1回> 栃木大会(第6回小学校英語教育学会全国大会)を終えて
                                        ・・・渡辺 浩行
(2006年9月17日)

<第2回> 北海道からの報告・・・秋山 敏晴
(2006年9月26日)

<第3回> 英語が小学生にもたらす効果とは?(雑感)・・・佐久間 康之
(2006年10月6日)

<第4回> 小学校英語のこれからーmulticompetence という視点・・・大井 恭子
(2006年10月18日)

<第5回> 文字導入の視点・・・中村 典生
(2006年10月29日)

<第6回> 「どうすればよいの」の三重苦の時こそ、
(2006年11月10日)     教師による教育復権の道を探りませんか
 ・・・斎藤 栄二

<第7回> 英語を通して人と人とのかかわり能力を育てる・・・深澤 清治
(2007年1月4日)    
 

<第8回> 大人の責任・・・太田垣 正義
(2007年1月5日)    

<第9回> 2つの芽が育ってきました!・・・大坪 喜子
(2007年1月19日) 

<第10回> 北海道の取り組みから・・・秋山 敏晴
(2007年2月1日) 

<第11回> 附属小学校の英語活動から考える・・・小嶋 英夫
(2007年2月14日) 

<第12回> 未来の教師が子どもたちから学んだこと・・・渡辺 浩行
(2007年3月15日) 

<第13回> 国際理解活動 ー 新年度を迎えて・・・矢野 淳
(2007年4月5日) 

<第14回> 垣根を越えてリンクする・・・竹内 理
(2007年4月9日) 

 

<第14回> 垣根を越えてリンクする            関西大学 竹内 理  

 小学校英語活動といえば、「歌、チャンツ、ゲーム」(いわゆる三種の神器)だけ、という考えはひと昔前のこと。最近では、多種多様な試みが各地で導入されています。そのなかでも、英語活動と他の教科の内容をリンクさせようとする動きは、興味深いものといえるでしょう。

 筆者の関与しているある公立小学校では、この動きを各学年で積極的に推進しています。6年生なら、たとえば、社会(歴史)の授業で学んだ内容をもとに、先生がThree-hint quiz を英語で出題し、子どもたちに歴史上の人物や地名をあてさせたり、子どもたちにもQuizを作らせて、グループ対抗戦を楽しんでみたりしています。5年生の場合は、社会(地理)の授業や総合の時間(食の学習)で学習したことを利用して、Where is this from? と食品の原料輸入地を確認してみたり、英語で指示を出しながらクッキングを楽しんでみたり、という具合です。中学年に目を移すと、4年生では、国語の教科書に掲載されている「スイミー」を授業で十分に理解したあと、原典の絵本(Swimmy, by Leo Lionni)を英語で楽しみ、さらに一歩進めて、低学年の子どもたちに読み聞かせてみる。3年生なら、算数(図形)と図工(展開図)の授業に英語を合体させ、図形(square, triangle, cone, cylinder, cubeなど)の勉強を英語でやってみる。このような動きは低学年にまで拡げることが可能で、2年生では、漢字の書き順を学ぶ際に、画数が増えるごとに、one, two, three, four と声に出してみたり、体育の時間に英語で指示を出してみたり。さらに1年生では、算数の時間に、簡単な数遊びを(日本語でやったあと)英語でもやってみて、その際に英語の色表現なども入れてみるという感じで、英語活動と他の教科の内容をリンクさせる動きが着実に拡がっています。

 上記の実践は、すべて、担任の先生がた自らが発案し、進めておられる内容です。イマージョンとは違い、すべてを英語でやるわけではありません。そのため、見た目のカッコ良さは正直言ってありません。無理やりひっつけた感じがするところも所々にあります。しかし、先生がたの創意と工夫で、少しずつだけれども、いろんなところで着実に英語が「使われて」います。英語を特定の授業の枠組みの中に押し込めるのではなく、こうやって垣根を越えて他の教科の内容などとリンクさせていくと、子どもたちも、英語を(英語の授業だけで)「学ぶ」対象としては見なくなっていくでしょう。

 必修化・教科化され、授業時間が増えていくと、ますます英語は「学ぶ」対象として捉えられ、「使う」ものだという意識が希薄になっていきます。そうなると、かつて中学校の英語授業で犯してきた失敗を、再び小学校で犯すことにならないでしょうか。そんな危惧を抱いている中で目にした上述の実践活動は、ささやかながら1つの方向性を示すものとして、注目に値すると筆者は考えています。

<第13回> 国際理解活動 ー 新年度を迎えて        静岡大学 矢野 淳

 皆さん、こんにちは。JES事務局長の矢野です。いよいよ新年度が始まりましたね。文科省の昨年度末の発表によると、平成18年度の小学校における英語活動の実施率は95%を超えたそうで、本学会に寄せられる期待もますます大きくなりそうです。

 先日、英語の先生たちの集まりで、今時の子どもの良い点・悪い点が話題になりました。今の子どもたちに欠けている点など、悪い点はあれこれ挙がるのですが、良い点を見つけるのに皆さん苦労したようです。私が考える良い点の一つに「本物を見る目が厳しい。」というのがあります。ところが、これは教える側にとってはある意味なかなか厄介です。「子どもだましは通用しない。」と言い換えてもよいかもしれません。これまで練習した、あるいはこれから練習する英語の表現にどうすれば命を吹き込むことができるのか、その表現を使って実のあるコミュニケーションをできるのか、ここらあたりに言語教育に携わる者は心を砕き、アイデアを交換する必要があるでしょう。

 一つの方法として、海外の姉妹校との交流が挙げられます。私がご縁のあった公立小学校はオーストラリアの姉妹校の児童とお互いに行き来する交流事業を続けています。一年の交流イベントの時期から逆算して、子供たちは伝えたい内容や表現、伝える方法を準備するとうかがいました。

 例えば英国の交流校を探すには、その縁組をお手伝いしてくれる公的機関もあり、英語でのやりとりが不安なら相談にのってくれるそうです。また、最近は多くの市町村も姉妹都市をもっており、そのパイプ役の仕事をするスタッフも常駐しているケースが少なくありません。一度役所に問い合わせてみてはいかがでしょう。

 九州のある公立小学校で、中国の小学校との交流の一環として、英語でビデオ・レターを作成する活動風景が先日テレビで紹介されていました。郷土の食べ物など、最初は伝えたい内容をじっくり日本語で吟味し、プロのように絵コンテまで描き、次のステップで既に身に付けていた手持ちの表現でどう言い表せるかを考えていました。このステップでは、発想の転換が必要になる場面がたくさんありますが、ここで鍛えられた「考える力」は、中学校以降でも大きくものを言うと私は信じています。また、写真や絵や実物を使うことで、英語で表現する負担を軽減し、より効果的に伝える方法も考えたいところです。

 中国・韓国・ブラジルなど、必ずしも英語圏ではない国々とつながりを持つ小学校も相当数に上ると思われます。実は私も、英語を母語とする相手よりも、母語としない相手と英語で話す方が、比較的ゆったりリラックスできているような気がします。私が教える大学で学ぶ、例えば中国とタイの留学生の二人が会話するのを見ていましても、お互い相手の母語はほとんどわからないので、英語か日本語で意思疎通をしている姿は微笑ましく、また感心します。とにかく両者の間には共通の言語が必要で、それを使って一生懸命コミュニケーションをはかっています。

 「英語活動」も「国際理解活動」と呼ばれることの方が、今後多くなっていくかも知れません。本物に厳しい目を持つ子どもたちに、理解して伝えた喜びと感動をいっぱい体験してもらって中学校にリレーしたいものです。

<第12回> 未来の教師が子どもたちから学んだこと     宇都宮大学 渡辺 浩行

 「小学校英語(活動)の教室現場を見ないで小学校英語を論じてはいけないと思いました」。 研究室の大学院生二人の言葉である。小1から小6、そして特別支援学級まで、計18回の授業実践を行い、そう思ったと言う。

 実践校のK小学校における二人の評判はすこぶる良い。打ち合わせから準備、授業、振り返りにいたるまで、熱心に、実に熱心に取り組んでいた。小学校教師志望かと思われるくらいであった。その真摯な態度(と若さ?)に、K小学校の先生方は大いに刺激を受けたそうである。

 実はこの二人、それぞれ中学校英語教師、高校英語教師になるのが夢である。ではあるが、小学校英語にも大変興味関心があり、縁あって、K小学校で実践することになった。 実は、二人は昨夏宇都宮大学を会場として行われた当学会の全国研究大会の学生アシスタントであり、その約1週後、今度は、栃木県小学校英語活動推進者養成研修(県内小学校教員80名対象)のアシスタントの仕事も務めた。こういう流れであれば、小学校英語に挑戦するのは自然なことなのかもしれない。

  実は(これで三回目)、私の想い(陰謀?)が背景にある。小学校英語の指導経験がある中高の英語教師を育ててみたいという想いである。私自身、かつて高校英語教師であり、また中学での授業経験もある。が、小学校英語の指導経験が全くない。つまり、二人には、自分にできなかったことを押しつけたのである(なんという指導教官か)。

 二人から「・・・特に低学年の子どもたちには強く引き込まれました。相手に引き込まれすぎないように、こちらにうまく引き込む。それが実に難しいと思いました」という感想を得た。子どもたちの持っている「引っ張る力」、これを活用して伸ばすか、押さえ込むか、そこには天と地の差があるように思う。

  子どもたちの目の輝きを大事にする教師はこの「引っ張る力」を押さえ込まない。どう活用するかを考え、授業実践を行い、授業実践を振り返る。これは小中高大のどの校種であっても、また、どの教科であろうとも、授業の核となる。そう信じて疑わない。

 実は(これで終わりです)、小学校英語に関わって気づいたことがある。小学校教師にも「子どもの反応を汲み取れない人」「教え込む人」「一人ひとりの子どもに目がいってない人」が意外といるということである。もちろん、この傾向は中高大と進むにつれひどくなる。

 対策は?

 教員養成、教員研修でなんとかしなければならないのだが、皮肉なことに、不十分極まりない教員養成、教員研修がこういう結果を生んできたのである。 対策は? 現実的には、一人でも多くの教師(の卵)に気づいてもらい、変わってもらうしかない。 幸い、私の身の回りでは、K小学校の子どもたちから二人の教師の卵がそのことを学んでくれたようである。

<第11回> 附属小学校の英語活動から考える    弘前大学 小嶋 英夫

 本州の最北にある青森県の小学校英語活動の全体像は、その実態をなかなか把握しがたい。地域性を活用しての英語特区申請や小・中連携の研究活動などは、部分的に注目されるが、全体として活性化が進展しているかどうか最近は特に微妙な心境である。当初盛り上がりを見せた教育活動が停滞期に至るのは珍しいことではない。英語教育上の他の例としては、外国人指導助手(ALT)の採用もしかりである。少なくとも筆者の周辺では今やほとんど話題が聞こえてこない。小学校にALTを多く入れて英語活動の強化のために貢献してもらうのも一方策ながら、むしろ英語教授の資格免許を持つ日本人英語教員(JTE)の存在価値が、小学校の現場で高まりを見せているようにも感じられる。教科化への流れの中で、これまで英語活動の指導の主役を担ってきた担任の存在も、新たな壁に遭遇しているようだ。

 日頃、大学で英語科教員養成にかかわっているが、ここ数年の間に学部・大学院で「小学校英語」を研究テーマにする学生が見られる一方で、「児童英語のプロにはなりたいが、小学校英語教員にはなりたくない。」との学生の声を聞くことがある。免許を取得して小学校英語の先導役を担うことを期待されながら、今日次々と浮上し始めた教育現場の多様な問題を意識してか、小学校英語へ向かう姿勢が消極的になっているようだ。こうした中で、今回のリレー・エッセイでは、大学の近くで小学校英語に取り組んでいる附属小学校の18年度における活動内容と今後の課題に関する生の声を一部紹介したい。指導への新しいアプローチを示唆できるかもしれない。

  4年前から英語活動をスタートした附属小では、10名弱の共同研究グループから始まり、ALTの導入、全教員による統一時間帯での英語活動、JTEの採用、英語専任講師の採用など、年毎に指導のシステムに変化を見せながら英語活動を継続している。個人的には一貫した教育理念はどこにあるのか問いたい気もするが、確かに不思議な進化を見せてきているようだ。大学と附属の連携に基づく「英語研究会」の反省会では、附属小のスタッフから次のような意見・考えが寄せられた。

 今年度は、英語専任のA先生による単独授業とJTEと学級担任のティーム・ティーチング(TT)の授業を行ってきた。特に、研究としてはTTによる言語活動を通して、主体的にコミュニケーションの楽しさを実感できる子どもの育成を目指している。公開研究発表会では、自己評価だけではなく相互評価によって、児童がコミュニケーションの楽しさを実感できることを提案した。研究成果として以下の点が見られた。

 

●児童にとって、身近な題材(動物など)を取り上げることで、話すことのみならずジェスチャーや鳴き声などを使ってコミュニケーション活動が充実できた。

●日本の遊び(かごめかごめなど)を取り入れたことで、児童に親しみやすい活動となった。

●児童同士の相互評価を取り入れたことで、相手の良さを認め、コミュニケーションの楽しさを実感できた。

今後の研究事項は、

  ●子どもの生活と密着した身近な題材を用いた年間指導計画の作成と実践
● コミュニケーション能力を身につけるグループ活動の開発と実践
● コミュニケーション能力テストの定期的実施(データの集積と分析)  

  ところで、これまで小学校の英語活動は、「総合的な学習」の中に取り組まれた形で実践されてきた。導入当時は全国的に注目された「総合的な学習」が、現場教員に理解され成果を上げているとすれば、それは小学校教員によるものであろう。ねらいの一つとされるのは、「子どもの主体的・自律的な能力の開発」だが、グループによる問題解決学習の形態がよく取り入れられる。英語活動においても、子ども間のコミュニケーション活動の機会を増やすとすれば、コミュニカティブ・アプローチに多用されるように、グループ活動に注目するのも自然であろう。「児童同士の相互評価の取り入れ」「グループ活動の開発と実践」といった上記の附属小における英語活動の試みが、さりげないようでいて新しいアプローチを予感させる。小学生には難しい響きがあるかもしれないが、指導者の心構えとしてふまえるべきことは、「子ども同士の積極的な相互依存」、「活動への自己責任」、「互いに直面し合ってのコミュニケーション活動」、「生きる力となる社会的なスキル」、「グループとしての評価活動」などの基本的な要素を盛り込んだ学びへの協働的なアプローチがもたらす潜在的効果を探ることにより、最終的には一人一人の子どもの「コミュニケーション能力」と同時に「学びへの自律性」が育まれるかもしれない、という重要な点である。

 さらに、附属小で試みたTTという指導者同士の協働的・省察的なアプローチも、教師教育の視点からすれば、本来「プロフェッショナルとしての成長」に効果が期待されるはずである。附属小の英語活動から個人的に示唆を受けたものであるが、これらのアプローチは、日本における小・中・高・大の一貫した英語教育にも効果的と思われる。読み手の皆様はいかがお考えであろうか。

 

<第10回> 北海道の取り組みから       北海道工業大学 秋山 敏晴

 北海道からリレーエッセーの第2ラウンドをお送りいたします。今回はリレーエッセーが始まった昨年秋からこの1月までの北海道の様子をいくつかご紹介してみようと思います。

 昨年11月18日(土)、旭川市において "Let's Enjoy English" と題した小学校英語の研修会が開かれ、全道各地から集まった80名を超える方々が研修に取り組みました。私も会に参加させていただき、研修内容の充実ぶりに大変感銘を受けました。中でも圧巻だったのはワークショップ。3会場に分かれての実践交流でしたが、どの会場でも参加者が次々と日頃の指導法を披露して互いに啓発し合い、会場はまさに英語活動の宝庫と化したようなすばらしさでした。また、これから英語活動に取り組もうとする先生方へのアドバイスも親身に行われており、実りの多い研修会でした。

 もうひとつ、本学会の北海道支部である札幌市小学校英語教育研究会が主催する冬の研究会が1月11日(木)に札幌市で行われました。こちらも全道から40名程の参加があり、実践の紹介、教材や教具の紹介、講演といった内容で研修を深めました。今回、特に目新しかったのはオーストラリア大使館のご協力を得て、オーストラリアをテーマにした教材を知ることができたこと、そして講演で北海道教育大学札幌校の萬谷隆一教授が「絵本で創る小学校英語活動」という演題のもと、絵本を使った具体的な指導法を参加者とともに考える機会を与えてくださったことでした。

 また、同じ頃に国際理解教育研究会が小学校英語に関する研修会を開催され、こちらも盛会であったと伺っています。更に2月17、18日には北海道教育大学の地域サポート事業として、札幌、旭川、函館、釧路の各地区がそれぞれ実践を持ち寄り交流する小学校英語活動実践成果発表交流会が札幌市で開催される予定です。

 小学校英語活動後進地区と呼ばれてきた北海道ですが、そうした呼称を過去のものとできるよう活動に一層力を入れていきたいものです。

 

<第9回> 2つの芽が育ってきました!    長崎大学(名誉教授) 大坪 喜子

 九州内の小学校英語の活動は、各県レベルで実施されており、個々の学校内での研究会、地域内の学校間での研究会、市レベルでの小・中・高連携での研究会というように、どちらかといえば、内々で地道に行われてきておりますので、全体を把握するのは難しいのですが、幸いにも、九州には小学校・中学校・高等学校・大学の教員が参加する『九州英語教育学会』があり、この『九州英語教育学会』でのシンポジュームや研究発表の内容が九州内の小学校英語活動の状況を示す一つの指標になるように思われます。

 これまでも、宮崎大学大学院生による研究発表や学会が開催されるそれぞれの地域(宮崎や佐賀)の小学校教員によるシンポジュームでの小学校英語の授業紹介などがありましたが、第35回九州英語教育学会熊本研究大会(平成18年11月26日)では、特に、小学校英語への取り組みが顕著になったように思います。シンポジュームと4本の研究発表を通して、2つの新しい芽が育っていることに気付かされています。1つは、英語活動へ自主的に取り組む小学校教員が育っていること、もう1つは、九州英語教育学会で小学校英語が研究課題としての位置づけを占めるようになってきたことです。前者は、熊本市立力合小学校教諭の4年間に亘る英語活動カリキュラムへの継続的な取組みで代表されますが、自分自身の現場で、学年に合わせたカリキュラム作成に、前向きに、そして、意欲的に取り組む自律した教員が育っています。このような教員が今後も現れるという期待が膨らむものでした。後者については、特に、福岡教育大学大学院生たちの小学校英語教育への取組みが目立ち、今後の成果が期待されます。

長崎支部から

 2005年に発足した長崎支部は、2004年10月に開設した長崎市内の地区ふれあいセンターでの『小学生のための英語教室』を通して小学生に英語を教える地道な活動を続けてきましたが、2年4ヶ月目に入った現在、いろいろな成果が見えてきております。1995年5月から2000年3月まで、同じ地区の子供会で長崎大学の院生と学部学生たちに言語習得理論を背景にして小学生のための英語指導の機会を設けましたが、今回は、私自身が小学生(10名以内)に毎週土曜日の午前中に英語指導をしております。その目標を、小学生たちが「小学生にとって身近な語彙300語程度を習得すること」と「英語の音体系を習得すること」に設定し、その目標の実現のために、教材・指導法をいろいろ工夫しています。『えいごリアン』や市販のCD付の教材も必要に応じて利用させていただいておりますが、前述の実践での学生たちの手作り教材もたいへん人気があります。

 4年生の10月から英語学習を続けている現6年生は、かなりの語彙(400語以上)を身に付け、また、英語の音体系も身に付けており、そのリスニング能力に驚かされています。発達段階で、文字に関心があり、文字に頼りたくなる時期であるということを勘案して、音声が身に付いている語については、1年8ヶ月目頃から、その対応する文字を読む練習をはじめ、また、書くことも取り入れると、たいへんうれしそうに取り組んでいます。音声が身に付いてから、文字を読む練習や書く練習を取り入れるのは、学習の負担が少ないことは予測できることですので、様子を見ながら、無理にならないように注意しています。

 一方、低学年生(1年生・2年生・3年生)についても、2005年4月から参加し、1年半以上の間、英語に触れている子供たちは、かなりのリスニング力が備わっていることが見えてきました。例えば、16枚の絵カードを並べて、その絵の説明をした英文(1つの文)を普通の速度で読み、その文に合った絵カードを選び取らせるという遊びを高学年生については、だいぶ前から実践していたのですが、最近、低学年生にも、試してみると、1年半以上の英語学習経験者は、音読された英文の対応する絵カードを素早く選ぶことができました。また、英語学習がまだ1年未満の子供でも、身に付いている語であれば、選べることがわかってきました。基本的な指導法として、絵や物を示しながら、音声とその意味とがつながるように脈絡を大事にしてこれまで指導してきましたので、音声が身に付いている語であれば、すぐに理解できるようになっています。例えば、"Peter Piper peeled a pink peach."の絵カードを素早く取るので、どうして分かったのかを尋ねると、 "pink" と " peach"が分かったから、そして、 "Grey Goose got some golden eggs."では、"Grey"と "eggs" が分かったからとすぐに答えます。彼らの中で、音声とその音声の指す意味とが直接つながっていることが見えてきます。音声中心の英語指導の成果は、これまでの英語教育とはだいぶ異なった成果を創り出していることになるようです。

  これらの実践経験と成果を基に、長崎支部では、2007年度から、『長崎大学生涯学習教育研究センター』を拠点にして、活動を開始することになりました。公開講座を開いたり、研究会やセミナーを開いたりする予定です。

<第8回> 大人の責任               鳴門教育大学 太田垣 正義

 現在の小学生が社会の第一線で活躍するのは、20年後、30年後のことである。そのころ社会はどうなっているのであろうか。一寸想像さえできない。ともかく、小学生は将来そういう社会を生き抜く必要があるのである。

 今から30年前を振り返ってみよう。当時同僚でマイカーを持っている人は少なかった。飛行機に乗る機会も滅多になかった。パソコンもなかった。もちろんケータイもなかった。これらはこの20~30年の間に普及し、今や人々は当然のようにそれを使用し、快適さを追求している。もの凄い変化である。しかも、社会の変化は時代と共にスピードアップしている。

 30年後グローバル化は今よりずっと進んでいることは確実である。そして、多くの日本人は世界中の人々と交流しながら生きていかざるをえなくなっているであろう。そういう宿命を背負っている子どもたちにどういう教育を与えなければならないかを大人は真剣に考え、実行する責任がある。

 藤原正彦氏や鳥飼久美子氏や大津由起雄氏の言うように、依然として(入試対策用の)英語教育を中学校から行っていればいいのであろうか。世界中のきちんとした国はどこでも小学校から外国語教育を行っているのが現状なのである。

 文科省や小学校英語教育学会の動きもさることながら、私はこの点を全国の小学校の先生に是非考えてほしいと願っている。

 さる12月19,20日私は沖縄県浦添市と沖縄市で小学校英語教育の研究報告会に参加する機会があった。感銘を受けたのは、そこでの小学校教員の熱意であった。あの激しいエイサーの踊りのようであった。頼もしいと思うとともに、沖縄の未来の発展を予感すらできた。

 徳島にも情熱的な阿波踊りがある。2007年夏の小学校英語教育学会鳴門大会では徳島の小学校教員に燃えてほしいものである。

<第7回> 英語を通して人と人とのかかわり能力を育てる

                            広島大学  深澤 清治

 新しく英語活動を始めようとしている小学校に研究指導でおじゃまするとき,まず長崎宏子さんのベビー・アクアティクスの話からさせていただくことにしています。水泳選手としてロサンジェルス五輪に出場した彼女は,第一線を退いた後,全国でゼロ歳児のための母と子の水泳教室を始められました。競技選手としてまさに水と戦ってきた彼女が,今度は赤ん坊と母親が「水に親しむ」ことを手助けしているのです。彼女曰く,水泳選手としてならば中学校からでも十分成績をあげることができますが,ゼロ歳児のうちに母親と一緒に水と親しむ体験はかけがえのないものです。

 これは英語活動のねらいである「英語に親しむ」と共通する点が多いのではないでしょうか。知識・スキルとしての英語ならば,中学校以降で十分,安全ネットがあります。しかし,小学校でなすべきことは何か,さらに小学校でしておかねばならないことは何か,それは人と人との「かかわり能力」を育てることではないかと思います。中学校以降の言わば「本を開く」学習の前に,コミュニケーションの基本である「心を開く」学習を十分に体験しておくことが重要です。少子化,高度情報化が進む中,フェイス・ツー・フェイスのコミュニケーションがますます希薄になりつつある現在,英語活動が人と人とのかかわり能力を育てるのに役立つのではないかということを強調したいと思います。

 全国で小学校英語教育の実践,研究が行われています。平成16年から3年間,文部科学省研究開発学校の指定を受けた広島県東広島市立西条小学校「英語科」の研究に私もかかわってきました。小学校英語カリキュラム開発を研究目標として,全学年年間57時間をあてた西条小学校での英語科の特徴は,「学ぶ場」としての毎週2回の「エンジョイタイム」(20〜25分),「生かす場」としての月1〜2回のロングコミュニケーションタイム(45分),さらに「実践する場」としての年3回のスーパーコミュニケーションタイム(90分)という3つの授業形式からなっていることにあります。即ち,聞くこと・話すことを中心に,まずコミュニケーションの基礎を学び,それをもとに実践的なコミュニケーション能力の育成を目指しているのです。そして,平成18年11月24日に研究発表会を開催し,当日は県内外から540名を越える参加者があり,大成功に終わったのです。

 研究会当日,公開授業,研究発表,ポスターセッションと並んで参加者の目を引いたのは,西条小学校に昭和56(1981)年から続くオペラ「白壁の街」でした。このオペラは,酒都として栄え,長い歴史を持つ郷土「西条」の伝統的産業である酒造りを題材に,当時の教員により創作されたもので,「寒さ厳しい冬の最中,酒造りのために半年間にわたって郷里を離れる蔵人たちの苦労や工夫,新酒のできあがる喜び」を歌,合奏,地域に伝わる盆踊りなどの多様な表現活動を取り入れ,構成したものです。子どもたちは英語そしてオペラを通したかかわりの中,全員でひとつのことをやり遂げたという大きな感動と自信を得たことでしょう。

 研究開発学校指定の完成年である3年目にひとつ事件が起きました。研究指定開始以来,先頭で引っ張って来られた校長先生が定年を迎え,そして英語科主任の先生が他校へ転勤となったのです。船で言えば,船長と操舵長が一度に替わるようなものです。しかし,まわりの心配をよそに,新校長先生のもと,新英語科主任が見事なリーダーシップを果たされ,先生方は企画チーム,指導法開発チーム,評価チームの3グループに分かれすばらしいチームワークで研究を進め,フォニックスを取り入れたDVD教材の完成,活用,カリキュラム開発そして補助教材の作成と研究活動が結実していったのです。

 担当者が替わればすべてが止まってしまうのではなく,教員全体に目標意識が共有化されれば誰が担当しようと一定の結果が出せる「学校力」が育ったのだと思います。それはその学校にひとつのシステムが根付いたことを意味します。子どもや先生が替わっても良き伝統が変わらないのがエクセレント・スクールです。

 3年間の学習を通して英語学習に対する児童の意識は大きくプラスとなり,英語への興味・関心・態度,コミュニケーション能力は確実に高まっていきました。そして,先生方もこの活動へのかかわりを通して英語指導への自信も感じてこられたようです。ただし,このような教師意識の肯定的変容に加えて,英語発音に対する不安はまだまだ教師に残っていることがわかりました。これにどう対処するのか,またこれからの小学校英語教師をどう育てるのか,国と大学と小学校のさらなる連携が求められるところです。  

<第6回> 「どうすればよいの」の三重苦の時こそ、
          教師による教育復権の道を探りませんか  関西大学 斎藤栄二

 「狙いは何なの」、「どう教えればよいの」、「何を教えればよいの」、「英語の力が無いのに、どうしたらよいの」等々、小学校で英語活動を前にして、先生方からこういう声がよく聞かれるのはご存知のとおりです。 無理のない疑問です。むしろ当然ではありませんか。小学校の大部分の先生方は、自分がまさか英語を教えるようになる、などと考えてこなかったでしょうから。 まとめてみると、目標、教材、教授法の3大要素も明らかにされないままに、「何とかやってくれませんか」と言われたのと同じです。

  他の教科のことをちょっと考えれば、この違いは一目瞭然です。話を簡単にするために、中学校の英語の授業について考えていきましょう。そこには先ず「学習指導要領」があります。ということは学習指導要領の中に、その教科を教える目標が明瞭に示されているということです。教える内容についても、しっかりとした指示がなされています。またそれに従ってつくられた「教科書」というものが先生方に届けられます。授業方法等についても、何十年もやってきた伝統というものがあるために、ある程度のコンセンサスがあります。

  それに比べると、小学校英語活動には、上に述べてきたようなものは何もないのです。現在は、小学校での活動は総合学習の枠の中で行われています。ということは、その内容や目標に関する判断は『学校の裁量』に任されているということです。

  ここでちょっと立ち止まって考えてみませんか。別の視点からものを見てみませんか。

  今までのやり方は、狙いから、教材から、指導法に至るまで、外側の誰かが考えたものを、教師はそれに従っている、という図式ではなかったでしょうか。教え方について多少の自由ができたとしても、ある巾の中だけで私たちは歩いたり走ったりしてきたのではないでしょうか。 私は思うのです。

○ いったいこの教科は何のために教えるのか。
○ その「何のために」が、仮に決まったとしたら、それを実現させるための教材はどういうものが良いのか。

 そういった根本的問題について、私たち教えている当事者が、自分の力で考えなくてもよかったということになりませんか。何か変ですね。 皆さん考えても見てください。教育の重要なこれらの根本問題を、私たちは自分たちで考えることをすることもなく、今日まできたのではありませんか。 これは「教えること」の本質について、自分の頭で考えていくという機会を失っていたことにはなりませんか。

 今、小学校での英語活動を前にして「私たちにそういう根本問題を考えます」という機会が与えられたとは考えられませんか。 とにかく小学校での活動について、多くの先生方は実践をし始めています。それを拝見していると、中学校や高等学校の教師ではとても発想できないような多彩な展開があちらこちらで出始めています。 これは、私たちにおそらく初めて、スタートから考えるという機会が与えられたからだと私は思います。もちろん実際には「めんどくさい」という気持ちに襲われます。 しかし最初から考えることが出来る、と言うことの意味は小さくはありません。

  教えるということに、スタートから真剣に考える教師一人一人の創造力が問われているのです。小学校ので活動に関しては、ものの見方を少し変えて実践を探ってみようでは」ありませんか。 (2006/11/10)

<第5回>文字導入の視点           岐阜市立女子短期大学 中村典生

 平成17年度に中央教育審議会初等中等教育分科会から発表された「小学校の英語教育に関する意識調査」の結果が波紋を呼んだ。それは,「小学校英語活動が嫌いな理由」で,「英語がうまく読めないから」という回答が第一位となったからである。ご存じのように,小学校英語では文字は用いない方針が打ち出されている。しかしこの調査結果は,文科省の方針がどうあれ,少なからず英語活動に文字が入り込んでおり,それが英語嫌いを生み出す原因にもなっていることを物語っている。

 考えてみると,あたりを見回すとアルファベットが溢れているし,小学校以外で英語を学んでいる児童は少なからず文字に触れていることを考えると,児童を文字から隔離することが不可能ではないかと思えてくる。また高学年になると,児童は文字を求める傾向が強くなることも知られている。こういう現状を考えると,ノウハウもないまま中途半端な形で文字が導入されていることが,先のアンケート結果につながったと言われても仕方がない。それならば小中連携も念頭に,小学校英語が音声中心であるという前提を壊さない限り(もっと積極的な意味では音声中心の小学校英語に寄与できるような形で)文字を導入するということも考えていいのではないだろうか。

  ただ,児童が求めるからと言って,盲目的に文字を与えればいいというわけでもない。発達段階と適期教育の観点も含め,どの時期にどのような形で文字を導入し,指導していくか,ということを考えなければならない。問題はいつどのような形で文字を導入し,指導して行くかという方針を立てる根拠となる,データが欠如していることである。本来ならば長い時間をかけて,どの時期にどのような形で文字を学べば,より高い実践的コミュニケーション力を身につけられるか,ということを継続的に調査する必要があるが,そんな悠長なことは言っていられない。ここは我々研究者が頑張らなければならないところである。現場と緊密に連携をとりながら,早急にしかるべき成果を示さなければならない。

  岐阜では昨年度JESの全国大会が実施された。そのお陰で,現場の先生方とのつながりも強まり,岐阜支部も発足した。このように,各地方での全国大会が地方の活性化につながり,ますますJESがみんなで小学校英語について考え,真剣に議論できる場となることを祈っている。 (2006/10/29) 

<第4回> 小学校英語のこれからーmulticompetence という視点

千葉大学  大井 恭子

 最近では少しばかり沈静化してきたように思えますが、このたびの内閣改造で文科省大臣に就任した伊吹大臣が、就任まもなく、「小学校英語の必修化には反対である」というようなことを述べたということが報道され、巷にまた小学校英語是非の議論が巻き起こりました。

  私は何よりこの発言は伊吹文科相大臣の勉強不足によるものと思います。それは、皆さんご存知の通り、去る三月に中央教育審議会の外国語専門部会の中間答申として、小学校5,6年生において英語を週一時間の必修にするという案が出され、そして、それを受けて、文科省は19年度の概算要求に「小学校の英語教育の充実に向けた条件整備」ということで37億円余りを計上しています。この37億円の予算の中には、「英語ノート」という名前のCDつきのテキストを全国の小学校5,6年生全員に無償配布すること、そして指導者研修のための費用が盛り込まれています。このことをはたして伊吹大臣はご存知でいらっしゃったのでしょうか。

  また大臣のコメントには「英語より国語の充実の方が先」というお考えがあるようです。しかし、私は、「英語」か「日本語」かという2項対立的な考え方はおかしいと思います。何より日本語は「国語」の時間においてのみ涵養されるのでなく、「社会」という教科において事実を記述する文章を学ぶことでしょうし、「算数」や「理科」を通して論理的な文章に接することになります。また、外国語教育という観点からは、私は外国語として英語を学ぶ日本人にあっては、母語も外国語も抱合したmulticompetence を伸ばすという考えを持っていくべきだと思っています。このことは別の稿(『英語青年』、12月号、2004年)で述べたのでここでは詳しくは書きませんが、英語の力も日本語の力も伸ばすという方向で考えるべきで、一方を教えたから他方の力が減ずる、あるいはネガティブな影響があるという考え方は取るべきではないと考えたく思います。

  たとえば、ローマ字読みが英語の正しい発音を阻害するという意見があります。しかし、ローマ字教育があったお陰で、日本人の子どもたちはある種の音韻能力を身に着けているといえます。たとえば、「さ」という音が/s/ +/a/という二つの音で構成されているという概念をもつことができるのはローマ字教育の成果だと思います。

  私は大学で英語のライティングを教えていますが、一年を終わったときの学生たちの授業評価の中で、「英語のエッセイの書き方を学んだお陰で他教科に提出する日本語のレポートも論理的に書けるようになりました」というようなコメントを良くもらいます。英語の文章を結束性、論理的一貫性という点から分析し、それを学んでいくと、英語の文章というのはなんと明晰なものかという点に学生も思いをいたすようです。読み手に自分の意図を過たず通じさせるにはこうした明晰な文章作法が求められるとするならば、この種の知識を持つ英語教師が母語での文章の書き方の教授にも手を貸すことができのではないか、そしてそれが学習者のmulticompetenceを高めることになるなら、教科の壁を取り払ってでも実践する価値があるのではないかと思量します。

  このように、「日本語」vs.「英語」ということでなく、広くmulticompetence涵養として言語教育を捉え、その中で小学校英語の場も確立されていくようになることを期待しています。 (2006/10/18)

<第3回> 英語が小学生にもたらす効果とは?(雑感)  福島大学  佐久間 康之

  小学校英語の効果(評価)については、フォーマットが不明確なだけに様々な視点で混沌とした議論がなされます。この種の課題にとって、ある一定の精査な教育デザインのもと科学的根拠を実証すべきであることは言うまでもないことです。
  本稿では、科学的根拠とは対局的視点で「英語が小学生にもたらす効果」について、数年前に1週間ほど英語圏に小学生を引率した際のプロジェクトの一幕で感じたことをもとに雑感として綴っていきたいと思います。
  参加した子供たちは、出身地が様々で、大半が初対面同士かつ海外は初めてでした。このプロジェクトの主旨は農場での体験学習や英語のレッスン及び観光を通して、初対面同士が異国の地で共生を図るというものでした。異文化環境の中、子どもたち同士の成長振りは、人間関係の結束力ばかりでなく英語での言語活動においても顕著なものでした。全体で一斉に英語で交わす応答ばかりでなく、個人でも積極的に英語でコミュニケーションを行う子どもたちが目立ち、中には英語に慣れ、英語力がついたと思っている子さえいたのです。しかし、彼らの英語力を一定のテストで評価するならば、その効果は統計レベルでの有意差どころか平均点での単純な比較でさえも、皆無に等しいといえるでしょう。この種の問題はその効果が単に数量的データを扱うテストでは測り得ない点にあるのではないでしょうか。子どもの認知発達段階を考慮すると、このようなささやかな成長は、言わば、「小さく透明な芽」あるいは「高い跳躍の前の屈伸運動」のようなものなのではないかとも受け取れる瞬間でした。この貴重な芽を教師が如何に判断し延ばしていくかは、科学的実験デザインに基づく数量的データの指標の重要性もさることながら、これとは異なる質的判断力(経験値とパーソナリティの座標軸等)に基づく指標の重要性をも示唆しているのではと痛感した次第です。
  1週間という短い期間でのささやかな成長が、速攻性をもち、顕著に持続し続けるか否かは科学的データも含め慎重な議論をすべきではありますが、少なくとも一教師として、「ささやかなるも実りある一歩」である小さな芽を見逃さず、「待つ」「見守る」という心も持ち続けたいものです。
  福島県内には小学校英語で3つの特区があり、これ以外の地域でも熱心な取り組みをしているところが見受けられるようになってきています。2008年の全国大会では、今年度の宇都宮、そして来年度の鳴門へと渡されるバトンを有意義なものとして継承できるように準備を進めて参りたいと考えております。 (2006/10/6)

<第2回> 北海道からの報告           北海道工業大学 秋山 敏晴

 「北海道は小学校英語の盛り上がりに乏しいのでは…。」と言われてかなり久しいよ うです。全体的に見ると確かにそうなのですが、いくつかの地域で熱心な取り組みが展開されているのも事実です。三笠市の「小中一貫教育特区」での実践や鹿追町の 「カナダ学」と題した取り組みはその例といえるでしょう。また、研究会活動では旭 川・上川地区を中心とした Asahikawa English Education Net (通称AEEN, アイーン) の活動も特筆に値します。その AEEN が11月18日(土)に全道規模のワークショップ、発表会を開催いたします。紙幅の関係で詳細にご紹介できませんので、関心をお持ちの方はアイーンのホームページhttp://www.aeen.jp/ にアクセス願います。  
 こうした取り組みに負けないよう、小学校英語教育学会の北海道支部を任ずる札幌市小学校英語教育研究会(SASTEC)も来年1月半ばに研究会を開催すべく準備中です。詳細が決まりましたら事務局へお知らせいたします。
 北海道の小学校英語の取り組みはまだひとつひとつの点でしかありません。その点が結びついて線になり、やがて面を形作って北海道全体を覆うことができるよう働きかけていきたいと考えております。(2006/9/26)

 

<第1回> 栃木大会(第6回小学校英語教育学会全国大会)を終えて

大会実行委員長  
宇都宮大学  
渡辺 浩行 
 

 皆様のご協力を得て、栃木大会を盛会裏に終えることができました。
 最も印象に残ったのは、熱心に耳を傾ける参加者の姿でした。  
 30本の自由研究発表・ポスターセッション・企業プレゼン、前後してのレポート、シンポジウム、特別討論会、ワークショップと、充実したプログラムを展開することができたと思います(詳細は学会HP「全国大会」参照)。
 文科省の動き(動きのないこと)に気を揉み、「いつになったらプログラム内容が決められるのだろう。このプログラムでいいのだろうか」という懸念を抱き、大会当日が近づくに連れ、今度は「人が集まってくれるのだろうか」という不安に眠れぬ夜(?)を過ごしました。
 そういった懸念や不安を吹き飛ばす研究大会を実施できたことに対し、360余名の大会参加者に心から感謝申し上げたいと思います。そして、昼夜を問わずバックアップしてくださった(何度メールでやりとりしたことか)事務局・会長・副会長、「参加者が喜ぶ大会」を合言葉に労を厭わず働いてくれた学生アシスタント、大会準備委員に対し、改めてお礼を申し上げます。  
 教師の仕事は「未来を語る」ことだと信じて疑いません。学会活動が「未来を語る」仲間をつなぐためにあるということを、本大会では痛いほど実感させてもらいました。
 手土産に餃子を、ではなく日々の実践研究をたずさえて、来年の大会(鳴門教育大学)に臨む所存です。 (2006/9/17)